「21世紀弁護士論」
(日本弁護士連合会編 有斐閣 2000年5月刊)


法律相談センターの展開と弁護士・弁護士会の変容

弁護士  長  岡  壽  一
(日弁連法律相談センター委員長)

 
 
 法律相談の位置付けと性格
 
 法律相談は、弁護士と相談者(依頼者)との最初の接点である。民事刑事を問わず、どのような事案についても、法律相談を経由しなければ弁護士の仕事は始まらないと言える。
 このように法律相談業務は弁護士の職業行為の出発点であるが、それはいわば自明の事柄であったこともあってか、その位置付けと性格などについて格別の分析や検討が行なわれてこなかった。法律相談のやり方は弁護士によって多様であり、「職人芸」とも言われるように、科学的分析になじまない分野であると理解されてきた。そこでは、専門家としての弁護士が試行錯誤と経験を積んだ末に体得できる個人技としての性格が与えられている。その結果、法律相談のやり方について、その大部分が弁護士個人にゆだねられるとともに、他の弁護士の相談業務のノウハウを学び取る機会が極めて少なかった。
 他方、法律相談による弁護士報酬としての相談料は、初回市民相談料が1件5,000円とされ、仮に年間100件の新規相談を受けて平均10,000円の相談料を受け取ったとしても、合計1,000,000円の収入に過ぎない。それに費やす時間との関係で評価すれば、法律事務所経営における法律相談業務自体は明らかに赤字である。
 したがって、弁護士個人の法律事務所における相談業務は、その中の相当割合が受任に結びついてはじめてペイするということになる。このような観点からしても、法律相談の技術を高めることにつき、組織的に研修を行ないあるいは経験や独自の工夫を交換し合うシステムがつくられなかったのであり、個々の弁護士の領域にまかされていた。
 このような性格と意味合いを有する法律相談につき、弁護士がいかにその品質を高めていくかがこれからの課題となるのであり、本稿では弁護士会が行なう法律相談センター活動を通して、弁護士会と弁護士がどのような取り組みをしているかを見て、さらに21世紀への発展の方向を検討したい。
 
 相談者の立場から見た法律相談
 
 弁護士会が提唱する司法改革の基本理念は、法的サービスの供給者や司法制度の担い手の側からではなく、それを利用する市民サイドからの改善と改革の提案であることに特徴がある。その視点から法律相談の場面について検討を加えれば、市民が法律問題についてトラブルや困りごとを抱えている状況において、解決へ向けてどのような行動に出るであろうか、端的には弁護士に相談するであろうかということが最初の関心事となる。
 この点につき、各種アンケート調査結果によると、弁護士に相談するという回答は30パーセント足らずである。そしてその阻害要因の最大のものは、「費用がかかりそうだ」という不安にあることが明らかになっている。加えて、一般に自分の抱える悩み事が法律問題であるのかどうか、したがって弁護士に相談すべきものかに関する判断がつかないこともまた、市民サイドから乗り越えるべき大きなハードルである。
 したがって、このような各種の阻害要因を解消させて市民と弁護士とのアクセスを容易にするシステムが求められるのであり、この要望に対して弁護士会の運営する法律相談センターは大きな成果を上げてきた。以下において、法律相談事業について弁護士会が取り組んできた経過を概観し、そこで認識された現状を踏まえて将来の課題を検討する。
 
 弁護士会と法律相談事業の関係−−弁護士会関与の是非論
 
 1970年代までの弁護士会は、法律相談事業につき弁護士会が主体的に関与することがほとんどなかった。地方自治体等公共的団体が行なう相談会に対して弁護士を派遣して法律相談に当たらせる程度であった。この時代の相談者の大部分においては、知り合いを伝って弁護士を探し出して法律事務所に赴き、法律相談をするというアクセス経路に限られていたといえる。
 1980年代になると、全国のいくつかの弁護士会が自主的判断により法律相談センターを設置し、法律相談事業の主体となった。この実現過程の議論で、弁護士会が相談事業を運営することに対する消極論が、少数ながら強く主張された。その趣旨は、法律相談は本来弁護士が法律事務所において行なうものであり、弁護士会が個人業務に介入することになり、本来の法人の目的外ではないかという理論的側面と、長年にわたる努力により築き上げた顧客が弁護士会に吸い取られてしまい法律事務所に来なくなるのではないかという不安であった。そのため、先進的に法律相談事業を開始した弁護士会の一部では、会内合意の取り付けに苦労されたようである。
 
 法律相談センターの全国展開へ
 
 1989年10月、札幌市において、日弁連弁護士業務対策委員会の主催により、法律相談事業に関する協議会(第1回)が開催された。以後毎年開催されることとなったこの協議会の目的は、全国各地の弁護士会における相談事業開始および運営に関する情報を交換しすること、先進会の事例を他会が地元に持ち帰って実践すること、弁護士会相互の協力関係を持つことにより全国各地において同様の事業を展開すること、これにより市民の立場から、いつでも、どこでも、誰でも、弁護士による法律相談を受けられる全国共通のシステムを構築することであった。「法律相談センター」という名称は、このころからどの弁護士会でも自然に使用されるようになって定着した。
 なお、右第1回協議会開催の時点における法律相談センター設置の弁護士会は、全国52単位会のうち約20会にとどまり、その他の会では未だ弁護士会主体の相談について議論が熟していなかったと言える。
 法律相談事業に関する全国協議会の成果をもとに、1991年日弁連に「法律相談事業に関する委員会」が設置された。これは、弁護士業務対策委員会から分離独立するかたちの特別委員会であり、全国すべての単位弁護士会から委員を受け入れ、法律相談センターを全国展開するための日常的情報交流活動を目指すものであり、市民のための司法改革を実現するための重要な施策として位置付けられた。以後この委員会が弁護士会による法律相談事業の全国展開をリードしていくことになる。
 
 全国協議会の継続開催
 
 日弁連「法律相談事業に関する委員会」設置以後の前記全国協議会は、この特別委員会が主催することとなり、日常的委員会活動に裏付けられて一層の充実がはかられた。各協議会におけるテーマ等の概要は次のとおりであり、弁護士会が行なう法律相談事業と法律相談センターの全国展開につき、課題を網羅して極めて実務的討議がなされるとともにそれが地域において実践されていることに大きな特徴がある。
 第1回(1989年、札幌市) 広報活動の方法、法律相談センター開設に至る会内討議、会館のない弁護士会の相談事業、コンピュータの利用
 第2回(1990年、東京) 直接受任の方法、夜間休日相談、相談者とのトラブル、自治体との提携、仲裁センター
 第3回(1991年、京都市) 市民と弁護士(会)の結びつき、弁護士過疎地の相談事業、広報ネットワークづくり、外国人相談、法律扶助協会との関係
 第4回(1992年、東京) センターの拡充強化策、少額事件、仲裁制度、自治体との提携推進、法律扶助相談とセンター相談との関係
 第5回(1993年、山形市) クレサラ多重債務者相談、法律相談事業の会計処理、法律相談センター設置の意義、法律扶助制度改革と相談センター
 第6回(1994年4月、島根県浜田市益田市出雲市) 弁護士不在地域(島根県西部地域)の法律相談センター設置(この会は地域の相談関係者との協議会とされた。)
 第7回(1994年、千葉市) 大都市の弁護士偏在(東京・大阪)と相談事業、弁護士過疎地の相談(島根県石見法律相談センターなど)
 第8回(1995年、金沢市) 阪神淡路大震災に関する法律相談、夜間休日の法律相談、社会福祉協議会との連携、相談事業の全国展開と弁護士過疎地の法律相談
 その後は、全国協議会を廃止し、全国を弁護士会連合会ごとに8ブロックに分けて、より地域に密着した課題を選定しながら巡回して数多く開催している。
 
 弁護士過疎地域へのセンター開設
 
 上に述べた全国協議会のテーマにもあるとおり、法律相談の実践において弁護士過疎問題は避けて通れない重要かつ広範な地域的課題である。そして当該地域や弁護士会だけで解決することの不可能な問題を含んでいる。この点で特筆すべきは、1995年9月に島根県浜田市(松江地方裁判所浜田支部)に「石見法律相談センター」を設置したことである。これは、弁護士不在地域である浜田支部管内において、島根県弁護士会、中国地方弁護士会連合会とともに日弁連が共同してセンターの設置運営主体となったこと、地元島根県および市町村が積極的に法律相談の意義を理解して財政的支援をしていること、において画期的な法律相談システムである。
 その後現在まで、毎週1回の常設相談とともに需要に応じて臨時相談会を催し、年間700名程度の相談を受けている。また、隣接する益田支部管内にも出張相談会を多数回開催して、その地域の弁護士需要にも応じている。さらに、この地域において後述の公設法律事務所設置計画を現実のものとして検討しており、法律相談センターと公設法律事務所とがあいまって、弁護士不在地域における法的サービス提供を十分になしうるシステムが完成する予定である。
 
 日弁連総会宣言とアクションプログラム
 
 1996年5月24日、日弁連は、定期総会(名古屋市)において、「弁護士過疎地域における法律相談体制の確立に関する宣言」をした。その趣旨は、全国の地方裁判所支部のうち78箇所がゼロワン支部(地裁支部管内の弁護士が1人以下の地域)であり(当時)、その地域において法律相談体制をつくって住民の法的需要に応えるべき緊急の要請があるとの判断に立ち、日弁連と各単位弁護士会が主体的にそのシステムを整備するとの決意を表わしたものである。
 ここで法律相談センターとは、地域住民がいつでも誰でも身近な場所において弁護士に相談し、必要に応じて事件を依頼し、容易に司法制度等を利用して問題解決をはかることができるシステムを指す。日弁連が各単位弁護士会と協力して法律相談センターを設置する旨宣言したことにおいて、前記の弁護士会の取組み経緯に徴して画期的意義のある決意表明であると言える。
 さらに日弁連は、1996年12月20日の理事会において、前記総会宣言を受け、「全国的法律相談体制の確立のためのアクションプログラム」を承認して決議した。その内容は、総会宣言の範囲にとどまらず、2001年3月までに弁護士過疎地に法律相談センターを設置すること、地裁本庁所在地には全国共通に法律相談センターを設置すること、その他の弁護士所在支部においても法律相談センターの全国展開をはかることとし、そのための具体的行動計画(アクションプログラム)を地域ごとに策定しようというものである。
 この計画が実行されることによって、真の意味において、いつでもどこでも誰でも弁護士の法律相談を受けられ、協議と委任によって権利の実現がはかられるという総合的法的サービス提供システムが実現することになる。そして、弁護士および弁護士会による法律相談の面的拡大がほぼ完結することとなる。
 
 「日弁連法律相談センター」の運動展開
 
 ところで、日弁連「法律相談事業に関する委員会」は、1998年4月名称変更により「日弁連法律相談センター」となった。これは、従前の委員会が主に単位弁護士会の行なう法律相談活動を支援して情報交流をはかるという調整的機能を中心としていたのに対し、今後は日弁連が自ら単位弁護士会と協力ないし共同して法律相談センターをつくるなどして、市民のための司法改革の実践をする主体となる旨決意し、これを組織面で体現したものであると言えよう。
 この特別委員会は、現在全国各地の弁護士会と協議を密にして、実情に応じた法律相談体制をより多くの地域において確立するための運動を展開している。具体的には、この前後に述べる事業のほか、単位弁護士会が法律相談センターを開設して運営する際の人的財政的支援、日弁連との共催による相談センターの設置運営の推進、消費者・多重債務者相談や高齢者、犯罪被害者などの特殊事案に対応するための基礎的条件整備、地方自治体や社会福祉協議会、郵政省などの主催する法律相談と弁護士会との調整、法律扶助相談の全国実施に伴う受け皿としての機能づくり、刑事当番弁護士の基地としての法律相談センター役割の拡充、テレビ電話システムを利用しての相談実施試行、相談事業に関連して生じる税務問題の検討、各種関連委員会(相談事業が多くの弁護士会業務の基盤となっているため、関連委員会が多い)への委員の派遣などまさに総合的多面的事業展開が行なわれている。
 この委員会の特徴は、理論面の議論や提言をすることよりも、地域の実情を重視して相談事業を実践することにある。刑事当番弁護士の活動と並んで、弁護士(会)が自ら市民の側に接近して事業活動を行なうことにあり、それは弁護士業務そのものを地域に提供する新しいシステムとして短期間に定着したのであり、司法改革の実践にほかならない。
 
 弁護士会の運動展開状況
 
 日弁連は、先の石見法律相談センターを嚆矢として、地元弁護士会との共催により、萩(山口県萩市、1998年3月)、五島(長崎県福江市、1998年4月)、石垣(沖縄県石垣市、1999年4月)の各法律相談センターを設立し、各運営委員会を組織して経費を負担するとともに全国各地から相談担当弁護士を募り、主催者としての役割を果たしている。さらに加えて、各弁護士会が設置した過疎地の法律相談センターで設置運営資金に不足を生じるものにつき、これを単位弁護士会のみの負担に帰することなく全国の会員により支援されるべきであるとの理念のもと、相当額の金銭を支出して財政援助をしている。これが後述の「日弁連ひまわり基金」に発展していくことになる。
 法律相談センターは、第一義的には、地域の弁護士会が設置運営するべきものである。そして、各会は、相当な努力と工夫をもって多くの地域にセンターを開設して地域住民に広く法的サービスを提供している。この運動展開の過程において会員の合意形成のための多くの討議を経て、その運営においては会員弁護士の献身的奉仕が不可欠であり、特に小人数の弁護士会においては個々の会員の負担は相当大きくなっている。その負担の内容は、第一に遠隔地に赴いて相談を担当するという労力と時間の負担であり、第二にその対価としての報酬が低廉であるという意味での経済的負担である。法律相談システムの全体をこのような地域の担当者のみの負担に帰せしめては、事業の安定性と永続性に疑問があり、この制度を支えることのできる全国的方策が検討されるべき段階に至った。またこの視点から、日弁連が会員全員による議論を通して、共通の現状認識のもとに進むべき方針と方向を具体的に展望すべき時期が来た。
 一方、1999年4月時点でのゼロワン支部は全国73箇所であり、このうち既に法律相談センターが設置されたのが34箇所(1999年8月現在)で、未設置箇所が39である。そのうち弁護士所在地との距離や自治体などの主催する法律相談の状況と照らし合わせて検討したところ、緊急に措置を要する地域が23箇所であるとの認識に至った(日弁連公設事務所設置検討ワーキンググループの調査検討結果による)。とりわけ北海道には6箇所、九州には19箇所の未設置ゼロワン支部があり、地元弁護士会と会員弁護士の自助努力のみでこの困難な状況を打開することはほとんど不可能に近い。
 
 「日弁連ひまわり基金」による財政支援
 
 そこで、日弁連としては、法律相談センターへの財政支援策としての基金構想を具体化するとともに、人を派遣する新しいシステムとしての「公設法律事務所」構想を実行に移すべく、日弁連創立50周年に当たる1999年度に2〜3箇所にパイロット事業としての公設法律事務所をつくり、その後順次各地域に設置する計画を立てている。
 弁護士過疎地に相談センターや公設事務所を設置して運営するためには、多額の金銭を注ぎ込む必要がある。日弁連は、1999年9月10日の理事会において、日弁連創立50周年「日弁連ひまわり基金」を設置することを決定した。その趣旨は、司法改革の視点から、弁護士過疎の問題が当該地域を抱える弁護士会のみの問題ではなく、広く日弁連全体において17000人のすべての会員の認識と責任のもとに対策が講じられるべき重要課題であることを確認し、日弁連が財政面から各単位弁護士会を支援するという新たなシステムを創設したものである。この基金設置後、相談事業の重要性と恒久性そして運営資金面での困難性に鑑み、将来にわたり継続的に資金を注ぎ込む方策が検討されて全会員に提案され、日弁連会員の会費により過疎対策と相談事業が支援されることになる。単位弁護士会においては、これを受けて未設置のゼロワン地域およびその他の必要箇所に新たな法律相談センターを設立することが期待される。
 
 法律相談事業の地域貢献に関する調査
 
 法律相談センターは、刑事の当番弁護士と並んで、マスコミから弁護士会の2大ヒット商品と評価していただいた。そして、この相談事業のシステムを全国各地域に普及定着させるよう努力していることは既に述べたとおりである。このような弁護士会の努力が地域住民からどのように評価されているか、日弁連では、これを実証的に調査研究している。この調査により、弁護士会が相談事業を通じて地域に貢献する意味を体系的に整理して認識することと、今後の運動の方向と内容を検討して決定する際の羅針盤になることが期待される。
 この調査は、神戸大学樫村志郎教授と千葉大学菅原郁夫助教授に委託して1999年2月から行なっている弁護士過疎地域における法律相談センターの役割に関する実態調査である。京都弁護士会が運営する丹後法律相談センターと沖縄弁護士会が日弁連と共同して運営する石垣法律相談センターの2箇所において、そのセンターが設置される前の住民の弁護士(会)や司法に対する意識とセンターの活動が進んだ段階でのそれとを比較検討する手法(パネルスタディ)による。これにより法律相談事業を通じて法意識の高まりや法制度評価の改善が認められるかを検討する。2000人に対するアンケートに対し、第1次調査において38.5パーセントという高率の回答があり、第2次調査と分析結果に期待している。
 なお、法律相談事業および弁護士の法律相談の仕方を対象として、法社会学や心理学的分析が試みられるようになり、弁護士業務の質的改善の情報として有用である。また同時に、従来弁護士の経験と個性の枠内で行なわれていた法律相談を科学的に分析し、あるいは相談者側から見つめなおすことが、より積極的に多くの機会をつくって実施されるべきである。
 
 相談関係機関とのネットワーク
 
 法律相談センター運動が実現した成果のひとつに、各種相談関係機関のネットワーク作りがあげられる。それは、地方自治体をはじめ、社会福祉協議会、消費者センター、交通事故相談機関、商工団体、労働団体、高齢者福祉機関、いのちの電話などの任意団体、ならびに司法書士、税理士、不動産鑑定士、その他の法律関連専門職業者の団体との情報交換と連携を深めることであり、各地域において弁護士会が中心となって定期的に行なわれている。これによる効果としては、窓口の実質的共有化による間口の拡大、それによる相談者への提供情報の質と量の充実、相談機関相互の安心感と信頼感の醸成などがある。
 弁護士は、従前ややもすると専門性のゆえに孤高と独自の価値判断になりがちであるという弊害に陥りやすい側面を有していた。ネットワークによる横の連絡を取り合うことと他の相談関係者が取り組んでいる状況を担当者から聴取することにより、弁護士自らの相談業務の改善と質の向上に関する意識を高める結果が得られることになる。
 
 特殊緊急相談需要への対応
 
 弁護士会による法律相談センターの設置運営は、単に法律相談提供場所の量的地域的拡大を実現しただけでなく、法律相談があらゆる弁護士業務の土台であることに関連して、種々の特殊事案や緊急を要する社会問題にかかる法律相談を実行可能とし、あるいは仲裁センターなど相談後の紛争解決システムと結合して新たな裁判外紛争処理が可能となっている。
 具体的には、サラ金クレジットなどの多重債務者の相談と債務整理につき、各地に特別の相談窓口が置かれて日常的相談業務が行なわれ、消費者問題や商工ローンの社会的問題が多発すれば特別相談後直ちに受任して対応できるシステムが整備されている。また、高齢者に関する相談は、全国各単位弁護士会において行政機関と協力して対応されており、2000年4月の介護保険法施行に伴う弁護士の関与要請に応じられる準備が施された。さらには、地域により、犯罪被害者の相談に応じるべきことと特別な木目細かい配慮の必要性、過労死などの労働問題、医療事故に対応する相談と受任体制の整備、その他社会問題となるような事案の発生に際して即応できる弁護士の体制ができている。
 加えて、多くの法律相談センターは、社会の要請に従って弁護士を派遣する機能を持っていることから、他の公共団体等の行なう法律相談への派遣はもちろん、各種研修会の講師依頼にも応じて、地域密着の社会的役割を果たしている。他面においてそれは、弁護士、とりわけ比較的経験の浅い会員に活躍と経験の場を提供して、実務研修の一端を担っているとも評される。
 
 21世紀への課題−−法律相談の質的向上
 
 最後に、弁護士業務としての法律相談活動と弁護士会の行なう法律相談センター運動につき、これからの課題を検討してみたい。弁護士人口と弁護士業務の関係、弁護士過疎地域での相談活動と過疎解消の方策、法律扶助制度と法律相談センターとのかかわり方など、いわば制度面の課題は少なくない。しかし、これらの課題については、既に各般の対策が講じられつつあり、問題解決と事業の発展による市民への法的サービス提供システムはさらに充実発展を遂げることが確実である。これにより司法改革の制度的側面はほぼ完成するものと認識される。
 ここでは、法律相談の質的向上の課題に視点を置き、コンサルテイションとしての機能にカウンセリングの要素を取り入れて、相談者の真に求めるものは何かを究明しつつ、その自律的判断を支援することによる問題解決を通して、相談者が自ら幸福の追求と実現をはかるための(法律)相談のあり方という課題を検討してひとつの問題提起としたい。
 弁護士が従来から認識している法律相談は、相談者が抱える問題事案を聴取して認識し、この事実に法規を当てはめて権利義務の有無内容に関する法律判断をなし、説明ないし説得し、同時にその実現方法としての法的手続きを教示し、必要に応じて代理人として受任することを内容としている。そこでは、法規を適用するための事実を認識することが中心的課題であり、その後の法的判断や権利実現の手続きについては、これこそ法律専門職業者としての得意部分であり、この専門知識こそ相談者が弁護士に求める知的価値であると理解されてきた。いわばコンサルテイションとしての性格を有する部分であり、企業にかかる法務や事件など合理的判断を基本にして対処方法を検討するべき分野においては、これが弁護士の能力と専門業務への依頼者の期待であると端的に言えるであろう。
 
 コンサルテイションからカウンセリングへ
 
 しかし、個人が一般的人生の中で出会う悩みやトラブル、具体的には離婚や相続などの親族間の問題、婚姻外の男女関係やこれによる親子関係、境界や騒音などの近隣住民間の紛争、サラ金やクレジットなどの多重債務の整理や破産、金銭借入れの保証人の弁済責任と関係者の調整、交通事故や労働災害による被害者救済、医療事故への対応の微妙性、老人性痴呆や高齢者関連の種々の問題、セクシャルハラスメント、犯罪被害者の救済のあり方、その他数多くの場面では、必ずしも合理的な法的判断のみによって解決することが困難な問題状況にあると言える。そして現状においても、これらの相談は一般に日常的に法律事務所や法律相談センターに持ち込まれているし、今後相談窓口をさらに広げるべきことが要請される分野が多い。同時に、従来の弁護士が業務上経験してこなかった事案も多く含まれている。
 このような場面では、弁護士が提案する法的合理的判断が相談者の人生に受け入れ難いものであったり、人間性の見地からは法の不備や矛盾を感じつつも自信をもった助言や解決指針を示すことが困難な状況に遭遇することが多い。合理的判断の結果を示すコンサルテイションによっては、相談者の置かれた人生の重大課題の前に指し示す助言としては的外れであり、かつ解決に直結しないことが明らかであると認めざるをえない。
 弁護士はかかる状況において相談者から与えられた課題にどのように応じるべきであろうか、これがこれからの弁護士の法律相談および法律家としての実務のあり方に関する大きなテーマであると考える。そのような相談における対応の基準となる理念は、相談者の自主的判断による自立を支援するというカウンセリングの思想であると考えるのであり、その視点から法律相談の質を向上させること、法律を離れて相談者の経験を聴き入れてその置かれた環境と心理状態を正しく認識して課題克服へ向けた力が湧いてくるようなカウンセリングを施すことではないかと考えている。
 そこで、弁護士会や法律相談センターの課題は、個々の弁護士が法律相談において対応すべき事案が法律の枠を超えて拡大していることを認識し、法的側面のみならず相談者の全人格の中における当該事案の位置付けを正しく理解し、相談者の自立を助けるような聴取と助言のあり方を研究し、研修等を通じて会員に伝達して理解を深めるとともに個々の弁護士の問題認識と力量を増すための方策を取ることであろう。この課題を実行するに際しても、弁護士会が法律相談センター設置運動をしてきたことが全国各地域の弁護士活動に広がりを持たせており、その事業を通じてこの新しい課題を実践することができる基盤が整っているのであり、我々は自信をもって新しい課題に取り組もうと思う。


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