「法曹養成実務入門講座」第1巻 302頁
林屋礼二、小堀樹ほか編 (信山社、2003年4月刊)
特集V これからの法律家を目指す人たちへのメッセージ 弁護士業務と人格の形成
−−法律相談ができれば一人前−−
弁護士 長 岡 壽 一
前日弁連公設事務所・法律相談センター委員長
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1 本稿のテーマ
弁護士業務の中で最も身近でかつ最も難しいのは、法律相談だと思われます。この法律相談については、弁護士業務に含まれることが当然の前提となっていることや、弁護士が自分の流儀で密室において行なっていることなどの特徴があり、弁護士の職業観や人生観が端的に表われる場面でもあります。そのためもあって、科学的研究や質の向上のための研修が行なわれてきませんでした。
しかし、最近、裁判官や学者あるいは法律以外の実務家(心理学者、カウンセラー)などから論文が出されたり、弁護士との共同研究が行なわれてその成果が発表されつつあり、すべての弁護士に関わる大きなテーマとして認識されつつあります。そこで、私が関わってきた弁護士会の事業を題材にして、これから法曹になろうとする若い人たちへ向けて、職業人としての弁護士の人格形成と相談業務との関係について、私見を述べて問題提起とします。これから述べることの大部分は、筆者の個人的認識と経験に基づくものであり、いまだ一般的合意が形成されていない分野であることを、ご了解ください。
2 法律相談をめぐる最近の動き
自己紹介を兼ねて、法律相談に関する最近の動向をご説明します。私は、修習30期で、昭和53年4月から山形市内で弁護士をしています。この間、日弁連常務理事、山形県弁護士会会長などを務めました。最近の活動のなかで最も力を注いでいるのは、法律相談と公設事務所などの弁護士過疎対策です。
法律相談センターは、刑事当番弁護士と並んで、弁護士会のヒット商品と言われています。全国どこでも、いつでも、誰でも、弁護士の相談を受けて依頼できるシステムをつくろうとする運動です。
今では法律相談センターがあるのは当然のように思われますが、20年ほど前には弁護士会が主催して常設の法律相談をやることはほとんどありませんでした。逆に、法律相談の主催者は個々の弁護士であっても、その場所は法律事務所だとの認識のもと、弁護士会が法律相談センターの名前で相談者を呼び込むようなことは弁護士の業務妨害になるし、弁護士会の目的外だと理解されていたのです。そういう時代においては、相談したい人は、法律事務所に行っても、本当に相談に乗ってもらえるか、どれくらいの相談料がかかるのか、誰に紹介してもらえばよいのか、など多くの不安があり、そこに辿り着けなかった人も少なくなかったと思われます。
3 ひまわり基金と公設事務所
弁護士会により各地に設置されている法律相談センターにおいて、30分5千円の相談料を支払えば、いつでも誰でも相談を受けられるシステムが完成されつつあります。しかし、法律相談を受けても、例えばサラ金など多重債務で困っている人にとって、相談において破産や民事再生あるいは任意整理などの手続きをアドバイスされても、その後相談者自身で解決できるとは思われません。相談に続いて必要に応じて弁護士に依頼し、裁判手続きや相手方との交渉を具体的にやっていくこと、そのために代理人を依頼する必要があります。弁護士の側からいえば、事件を受任して、代理人として活動できるまでのシステムをつくるべきです。弁護士過疎地域と言われるゼロワン支部(ひとつの地方裁判所支部の中に弁護士がゼロ、あるいは1人しかいない地域)などでは、受任できる弁護士がいないという問題があります。
そのために、日弁連では「ひまわり基金」という支援システムを創り、2000年1月から、すべての会員弁護士が毎月1000円の特別会費を負担し、これをもって弁護士過疎対策に充てています。1年間で約2億円の特別会計になりますので、全国各地域における法律相談センターの開設・運営を支援し、さらに弁護士過疎地に公設事務所を設置するなどの運動を展開しています。
公設事務所は、現在までに約20か所つくられ、その地域で弁護士活動をする弁護士を募集し、赴任してもらっています。地域の住民に対する法的サービス提供を、法律相談センターと相まって果たしていこうということです。今後の短期目標として、さらに30か所増やして、合計50か所程度の公設事務所を運営していきたいと計画しています。
この公設事務所設置運動を展開する中で、これからの弁護士の職務と人生について、新しい可能性を見つけることができました。公設事務所弁護士に希望して赴任しているのは、20代から50代まで各年齢層にわたり、地域に定着して活動するのが弁護士の特性だとの固定観念には必然性がないことが分かりました。これから新たに弁護士になろうとする人には、ぜひ一度は公設事務所のシステムを検討してほしいものです。一人前になったという自信をもって弁護士としての業務を行なえるように、弁護士登録後の実務研修システム(協力事務所)が用意されています。
4 情報と弁護士の過疎
最近10年ほどの修習生が最初にどの弁護士会に登録したか調べると、司法試験の合格者と修習修了者が1000人に増え、弁護士になる人数が倍増しているにもかかわらず、地方において弁護士になる人が少ない状況は改善されていません。この原因がどこにあるのか、私は、端的に情報過疎が問題だろうと分析しています。つまり、各地方ないし地域の弁護士(会)が情報の発信を十分にしていないし、弁護士になろうとする修習生などからも情報を取りに行くやり方が分からないということです。
これからは、地方(地域)と東京との間に限らず、全国各地域の弁護士が、特有のあるいは共通の情報を、相互に交流できるシステムをつくっていくべきです。その情報交流のための有効な対策として、公設事務所を捉えています。
法律相談センターや公設事務所を通じて、弁護士過疎地は、決して情報過疎地ではなくなりました。かえって、1人の弁護士が全国に注目される情報を発信できるようになったのです。これからの弁護士には、生きがいの一つのあり方として検討してほしいと希望しています。
5 相談の質への対応
ところで、法律相談に関して重要な課題として認識されつつあるのが、弁護士が提供する相談の質ということです。その質の見方には、2つの側面があります。
1つは、専門相談といわれるように、法律の中でも特定の特殊な分野について、通常の弁護士が知見を有しないような特殊専門的知識を提供できるようにするという側面です。たとえば、医療事故、知的所有権、税務、行政、渉外(国際)取引き、その他の分野であり、これについてとくに研究を重ねている弁護士が相談を担当するべきであると考えられます。これからの弁護士として、このような特殊分野について研究課題を設定して実力を養うことも選択肢の1つになるでしょう。
2つ目は、全国の法律事務所や法律相談センターに一般的に多くの相談が持ち込まれている、遺産分割、離婚、不動産取引き、多重債務などの相談場面において、相談者の納得と満足を実現するため、さらに相談の質を高めていくべきであるという場面です。ここでは少数の弁護士だけが解る特殊分野ではなく、相談者の誰にでも共通する弁護士側の資質向上のあり方が課題となります。
また、法律知識の提供だけでは、多くの場合相談者の十分な満足を得られないでしょう。
このような場面では、コンサルテーションという意味での法律情報や知識の提供・教示だけでなく、相談を行なう弁護士がカウンセリングの視点をもって対応することが必要だと考えます。詳しくは後に述べますが、そのカウンセリング・マインドにより、相談者の立場をよく理解し、そして共感することができます。そして相談者は、自分が受け入れられていることに安心して何でも話せる場面が与えられます。相談者と弁護士とが信頼の状況をつくり出すことができるように、自分自身を磨くことが、法律相談という場面においてこれからの弁護士に要請されることになると考えるのです。
6 法律相談の原点と本質
法律相談の原点を考えてみましょう。目の前に、トラブルなどで困っている状態の、問題を抱えていてどうしたらよいか分からず、助けを求めている人がいます。その人に対してどのような援助をしてあげられるのか、ということが相談に共通の場面です。弁護士が、何らかの支援をしてあげられる、その結果その相談者がその人生を全うできる、問題を解決してその状況から脱してさらに人生をすごせる、弁護士がそれを支援できる、という場面です。
さらに具体的に言いますと、権利・義務の存否や法律上の手続き、たとえば請求権が認められるか、先例によると慰謝料をいくら請求できるか、そのための裁判手続きをどうするか、その他問題解決の方法や知識を相談者に教えるだけでは足りないのです。まず、困っている状況というのをよく聴き取ることです。そして、それに対して共感し、困っている状況や原因を察してよく理解する、相談者にとって大変困難な状況にあることを受け入れる気持ちを持つことです。
その問題の原因となる状況が社会にあること、そしてその中で当事者がどんな心理状態にあって、家族や職場、地域その他の環境や人間関係の中でどう対応しているのかということ、などについて自分自身がひとりの人間および弁護士として共感すること、相談者の悩みを受け入れる(受容する)こと、そのような態度で積極的に聴く(傾聴する)ことが、相談の原点だろうと思うのです。
ここで、法律と相談との2つに分けてみてください。法律家の問題認識と思考のプロセスは、法律が先にあり、相談が後にくるようになっているようです。まさに「法律・相談」になっているわけです。つまり、最初に法律の体系がつくりあげられて、その法律の適用要件が、一つひとつの場面で、たとえば貸金、建物明渡し、債務整理、離婚、相続などの場面で、要件になる事実があるか、さらにそれを認める証拠があるかを、頭の中で判断しながら事情を聴いていきます。
法律の体系が要件事実とともに頭の中にあって、そして次に目の前に来ている相談者が認識して体験している場面や事情の中から、法律上必要な事実を集め直して判断基準に当てはめるのです。そして、権利が認められるか、請求されている金銭を払わなければならないか、誰に払うべきか、その手続きをどうするか、という法的効果を導き出して解説していくわけです。
しかし、本当にそれでよいのか、考え直してみましょう。そのような順序の思考方法は、法律家側の頭の中に構成されているものです。目の前にいる相談者は、そんな順序を考えていません。自分が今ここに来て相談しようとしている内容が法律に関する相談で、破産法であるとか、民法の不法行為であるとか、離婚原因に当たるかとか、そのような分析をしながら相談に臨むのではないのです。本当に困っている人は、法律を適用される前の段階の、何らの着色されていない自分自身の人生のナマの場面を持ち込むはずです。
7 リーガルカウンセリング
上記のように相談の場面を分析すると、法律家の認識評価の手法と、相談者の悩みの構造というのは、逆向きのようであり、そこに大きなギャップがあるように思われます。法律家は専門家であるから、法律の知識を当てはめて説明して、裁判などの手続きをして、それで済まされるというのであれば、相談者は狭い限定的な場面でしか弁護士の援助を求められないということになります。そうではなく、相談室において人間対人間として、目の前にいる人と自分とが相対して、同じ問題状況、同じ困りごとに対して、同じ方向を向くことが、相談の出発点になるべきだと考えるのです。
その意味において、法律相談を、リーガル・コンサルテーションと理解する従来の立場から、リーガル・カウンセリングとしての要素を最初に位置付けることが、これから求められる弁護士像に合致すると考えます。コンサルテーションというのは、分からない相談者に対して法律の専門知識を教えてあげますという理解であり、質問にすぐ答えられる弁護士が優秀だと評価されることになります。相談者1人に1時間かけるよりも、同じ相談を受けて同じ結果を得るんだったら20分で、次々と3件こなした方が、有能で優秀な弁護士だという評価を与えられがちです。しかし、相談者側からすると、そのような弁護士の取組み姿勢が不満の原因になっているのです。
8 社会からの期待
弁護士に対しては、社会から新たな場面での活動要請が次々となされており、これは最近顕著になっています。犯罪被害者、セクシャル・ハラスメント、ドメスティック・バイオレンス(DV)、加齢のため自己決定能力が劣っている高齢者、心身に障害をもった人、子どもの非行やいじめ、そのような特徴のある相談者に対応することは、10〜20年前であれば、弁護士の行なうべき分野としてほとんど研究されていなかったし、弁護士(会)全体で取り組むべき課題だとの認識もほとんどなかったといえます。
しかし、最近では、弁護士に対して多くの広範な相談にかかわるよう期待が寄せられ、実際にも上記の事案に対応する弁護士(会)が多くなりました。依頼者・相談者側の要請により、弁護士業務が拡げられてきたといえます。これに対し、法律家だからという伝統的な考え方により、これは人生相談に過ぎない、心理あるいは精神医学の問題である、私たち法律家の扱う分野ではない、法律の網にはかかりません、と言って法律専門のバリアを張っていたのでは、社会の要請に応えることができないのです。
多くの分野において改革が必要とされていますが、いわゆるサプライ・サイド、供給側である専門家の立場からものを見るのではなく、相談者側から弁護士に対して何を求めようとしているのかという需要を顕在化させ、私たちがそれに応じていけるだけの新しい力をつけるのが本当の改革だと思います。多くの弁護士会で、子どもの相談窓口、犯罪被害者支援センター、高齢者や障害者のための相談センター・財産管理センターなどを設けて、現実に対応しています。これからの法律家には、法律という枠にはめられないで社会的に活動していく柔軟さが求められています。
9 共感、受容、傾聴
私は、法律相談の場面における改革の基本的視点は、カウンセリングという言葉に集約されると考えています。その本質は何かと単純化して一言で表わせば、カウンセリングとは、相談者が自分で決定できるように弁護士が援助する思想です。基本は相談者の人生であり、その幸福追求が課題になっているのです。その人生の中で幸福実現の障害となる問題が生じたから、弁護士に相談しているのです。その人が幸福になりたいと思えば、最終的には自分で解決するほかないといえます。自分の力で自分の人生を切り拓ける力を与える、それを法的側面から支援するのが弁護士であると捉えます。
例えば具体的な相談の場面をみますと、慰謝料を請求できますか、金額はどうですか、と聞かれて、その可能なことや相場を答えることが法律のアドバイスです。しかし、慰謝料請求の原因となった、法律という色をつけない社会的事実、人の感情、人間対人間の問題状況を理解し、相談者の悩みを受け入れて共感することにより、相談者が幸せになるための対策をどうするべきかの助言ができると思うのです。
相談者と弁護士が共通に問題とその原因を認識することにより、これから何をすれば問題が解決されて相談者の人生が展開していくか、共に考える基盤が形成されます。さらには、「これで納得できる」、「これで良かった、満足できる」と、いわば自己実現ができることにつながります。これによって相談者は自信をもって力強く行動できるようになるし、それを支援してくれた弁護士に対して感謝します。相談においてこの場面まで行きつければ、弁護士にとってもやりがいのある仕事になります。
上の説明により理解していただけたと思いますが、カウンセリングというのは、相談者の悩みの原因について、これを共感しながらよく聴き入れることが基本になります。そのうえで、法律の当てはめをして要件を考えながら、妥当で適切な解決方法を複数提示し、それを相談者が選択できるようにすることが大切です。相談者の任意の判断を介在させることがポイントです。
10 クレームからの分析
法律相談センターの相談者に対するアンケート調査などを分析すると、弁護士の法律相談に対する不満として共通にあげられるのが、相談料と相談時間(30分で5000円)に関するものです。このほかに対応した弁護士に対するクレームというべきものがあります。その半面において、これらを失敗研究の視点から捉え、不満の原因に配慮してそれを改善しつつ法律相談を行なえば、相談者の満足を得られることになると考えられます。
1つは、相談者から事情をよく聴くことです。相談者のクレームは、自分の言いたいことをよく聴いてもらえなかったことに関する不満です。弁護士から聴くという視点は、相談者からみてよく話せたということと同じになります。カウンセリング・マインドとしての傾聴、これが大事です。
第2は、相談者に対して、よく分かるように説明をしたかどうか、誰でも理解できるように平易な言葉で説明することです。その説明の中では、法律の専門用語をそのまま使うのではなく、聞き手の相談者が素人として理解できるような言葉に置き換えて説明しているかどうかを振り返って確認することが大切です。
それから、3番目には、相談を受ける態度です。よく聴こうとする姿勢が相手に伝わるように注意することです。椅子の背もたれに背中をかけていると、場合によってはふんぞり返った横柄な態度だとの印象を持たれることもあります。垂直から多少前傾姿勢をとることによって、相談者は、この弁護士は積極的に聴いてくれているとの信頼と安心感を持つでしょう。
これらのクレームは、弁護士が常に相手の立場に視点を置いて自分を見直そうと努力し続けることにより、解消される問題です。ここにおいても、弁護士の人格形成と相談業務のあり方とは、相関関係が大きいと思われるのです。
11 多くの人生を経験
これまで知識経験や技術的なことばかりでなく、自分の人生と相談者の人生とを関係させながら、相談の事情や背景を受容できるカウンセリングの資質を身につけることを述べてきました。これを実現するためにはどのような工夫が必要でしょうか。
講義を受けたり本を読んだりしただけでは、そのような資質を修得するのに不十分でしょう。職業や生活の中で多くの人と会い、話し合ったり経験談を聴いたりする機会を持つこと、多くの人生に直接間接に接することが有効なのです。それによって、社会には多くの異なる価値観の人がいて、さまざまな悩み事や、自分では予測も想定もできない社会の問題が現実にあること、あるいは犯罪行為などについては、私たちには考えつかない行動をとってしまう被疑者・被告人がいるということなどを、同じ人間としてどこまで理解できるかが問われるのです。
その依頼者側の人生に対する理解や共感がないと、「一生懸命努力してやってあげたのに、不平不満を言われて働きがいがなかった」というように、弁護士側にとっても不満足な結果になりかねないのです。その原因が解らないまま、不満のある職務が続くことになれば、弁護士の不幸につながってしまいます。
ところで、人と会って親しく接するとは言っても、簡単に多くの経験を持てるわけでありません。そこで、日常の法律相談の場面で、いつも共感の気持ちで相談者に接することにより、相談を通して成長することもできるのではないでしょうか。つまり、相談者と弁護士という2人の人生が相談室において出会うのだと捉えることにより、それは非常に重みと深みのある関係ないし状態になります。そこにおける弁護士は、相談者の人生(の悩み、紛争)を通して、間接経験として学ばせていただくという謙虚さを持つべきでしょう。
同じように、先輩法律家の人生や職業をよく知る機会をつくること、これは数多くというよりも少数にならざるを得ませんが、先輩の方々とできるだけ深くお付き合いできることがポイントとなります。そのような機会を得ることは容易なことではないでしょうから、積極的に機会を探して参加していくことが大事です。その先輩の経験を傾聴し、その中から目指すべき弁護士像を具体的に形成し、将来の実現目標を人生設計の中に組み込んで、年毎に検証しつつ人生を発展させることができるでしょう。
12 幸福の基準と歴史認識
日本国憲法13条に規定されているように、人生において一番大事なのは幸せになろうとすること(幸福追求)です。その目的を実現する手段として法律があります。法律や憲法の前にひとりの人生があると言えます。その人生の価値である幸福をどのように捉えるかが課題になります。
ここで、歴史認識が関係してきます。幸福追求という理念自体は、歴史を通じて共通でしょうが、何が実現できれば幸福だといえるのかということ、いわば最大多数の最大幸福とは何かということは、時代によって大きく違います。私は、3つの大きなサイクルに従って価値観の基本が動いていると考えています。
一つは国家の時代です。国が強くなって、国が大きくなることにより、そこに所属している国民は幸せになれる、という価値観が支配する時代です。これが終わったのは1945年です。
2番目は、会社の時代で、経済活動を価値基準にする時代です。所属する会社が営利行為を行なって収益をあげることにより、給料も高くなるし家族の生活も豊かになる、それが幸せだという時代。これは1990年ころまで続きました。
次の3番目に来るのは何か、今は何の時代か。新しい幸福観というものを見つけようとしてまだ見つからない段階にあるようです。それは個人の時代であるはずで、軍事などによる強国を目指すのではなく、営利追求のシステムに組み込まれることでもなく、個人が自由に生きられる社会です。いろいろな価値観を持った人がその個別の価値を実現できる時代が、これから来るはずですし、それを実現するよう努力していくべきです。
法律相談にこれを当てはめると、相談者は、弁護士とは年齢的にかなり違う人が多いでしょう。上記のような価値観の違う時代を生きてきたのであれば、その人と弁護士とが同じ価値意識を持っているはずがありません。プロフェッションとしての弁護士は、自分の価値観・人生観を確立するのと同時に、職業上の相手となる相談者や依頼者あるいは対立当事者の人生観や価値観を理解できるようになることが求められます。
それを分かることによって、相談者に対して共感できるという力が備わります。それが相談者にも伝わることにより、この弁護士には何でも話せる、話せば受け入れて聴いてくれるという信頼の感情が出てきます。このような意味においても、時代認識と歴史観を研究して自分の思想を身に付けることもまた、弁護士として必要だろうと思います。
13 技術(スキル)から人格へ
最後に、弁護士の法律相談のあり方については、弁護士の技術(スキル)として捉えられがちです。しかし、相談事はそれぞれの相談者の人生に根ざしており、まさに千差万別です。その多様な需要にその場ですぐに応えていくのが、法律相談の特徴でもあります。その場面では、知識や技術を駆使するよりも、対等の人生を理解するという態度の方が有効だと考えます。したがって、この稿で述べたことは、人生の高揚と人格の形成をもってテーマに共通する論旨としてきたつもりです。趣旨をお汲み取りいただき、満足のいく人生と職業を歩まれますよう期待しています。
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